教会の評価とは何か

北部地区牧師巡回講壇交換

メノナイトブレザレン教団の教会のうち、大阪府北部地区の教会が共に手を携えて、全ての教会をサポートし合う活動として行っており、今回は総持寺キリスト教会牧師の北嶋 和之先生をお迎えしました。当千里キリスト教会牧師は、枚方教会でご奉仕をいたします。
昨年11月下旬に再開をお知らせした後、再び新型コロナウイルスの感染拡大で行動制限が発生したため、しばらく中止していましたが、半年ぶりに再開しました。

メッセージ

<テサロニケ人への手紙 第二 1章1~4節>
メッセージ:MB総持寺キリスト教会牧師:北嶋 和之

開会聖句

神に愛されている兄弟たち。私たちは、あなたがたが神に選ばれていることを知っています。

<テサロニケ人への手紙 第一 1章4節>

メッセージ内容

Youtube動画


動画公開が遅れて申し訳ありません。 メッセージ動画公開:5/29 PM 3:50 


メッセージ原稿を公開しました。家庭での礼拝に用いてください。 

<序論>

・パウロがテサロニケ教会をほめて、3節「感謝しなければなりません。」
4節「誇りに思ってしいます。」と語っています。
パウロのほめているテサロニケの教会の具体的な点は、以下に書かれています。
3節「なぜなら(理由)あなたがたの信仰が大いに成長し、あなたがたすべての間で、一人ひとりに互いに対する愛が増し加わっているからです。」
4節「…あなたがたがあらゆる迫害と苦難に耐えながら、忍耐と信仰を保っています。」
以上のことから、評判の良い教会とは、どのような教会でしょうか?

<本論>
Ⅰ.教会の良い評判の一つ目は、信仰の成長である。(3節)

まず、信仰とは、どのようなものでしょうか?
2節「父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安があなたがたの上にありますように。」ここに信仰の要因が書かれています。神の本質そのものが、私たちの信仰の要因です。神は、恵みに富み、平安の方です。恵みと平安が、神からくることを理解する人は、神を信頼し、信じるのです。万物を創造され、唯一真の神が、恵みと平安の父であることを知り、このお方を信頼し、自分の人生、自分のすべてを明け渡すことができるというところから始まるのです。その信仰は人間からのものではありません。なぜなら、人間が神を理解することができないからです。天の父なる神が、ご自分がまことに恵みに富んだお方であり、罪深い者を赦し、弱い者を助け、汚れた者を聖めてくださる方であるということをイエスを通して示してくださいました。
そのお方を信頼する者が、本当の信仰をもつのです。そして、そのお方から、平安が与えられる。罪赦されたという平安、死に対する恐れからの解放された平安。ですから、恵みと平安の父なる神であられるから、自分のすべてを委ねて、主により頼むという信仰です。
テサロニケのクリスチャンはこの信仰が大いに成長していました。

Ⅱ.教会の良い評判の2つ目は、兄弟愛の増加である。(3節)

聖書の中に何回も繰り返されている命令の一つに隣人を愛しなさい。兄弟姉妹を愛しなさい。ヨハネ13:35(P213)「互いの間に愛があるなら、それによって、あなたがたがわたしの弟子であることを、すべての人が認めるようになります。」
また、Ⅰコリント13:2(P346)「たとえ私が預言の賜物を持ち、あらゆる奥義とあらゆる知識に通じていても、たとえ山を動かすほどの完全な信仰を持っていても、愛がないなら、私は無に等しいのです。
3 たとえ私が持っている物のすべてを分け与えても、たとえ私のからだを引き渡して誇ることになっても、愛がなければ、何の役にも立ちません。」
憐み深い天の父なる神を信仰するなら、その人の中に天の父なる神にある愛が必然的に芽生えてくるのです。信仰に愛が増し加わってくるのです。愛が成長するのです。
信仰は成長するものです。大いに成長するものです。大いに成長する信仰とは、愛を生み出す信仰です。愛にあふれた方が内におられ、その方をますます意識していきますから、心のうちから自分の力ではなく、愛する兄弟姉妹を助け、励まし合い、暖かいことばを掛け合いたくなるのです。それぞれの生活事情の中で、みことばどおりに生きることは、大変なことですし、犠牲を伴うかもわかりませんが、心のうちに愛があふれ、人を愛することができるようになっていくのです。自分より、ほかの兄弟姉妹たちを、どのようにして、助けられるかを積極的に考えるようになってきます。

Ⅲ.教会の良い評判の3つ目は、忍耐の増加である。(4節)

4節「ですから私たち自身、神の諸教会の間であなたがたを誇りに思っています。あなたがたはあらゆる迫害と苦難に耐えながら、忍耐と信仰を保っています。」
そして、最後に耐える力。この世でクリスチャンとして生きていくことは、困難なことでしょう。誤解されたりすることもあるでしょう。そのような困難ななか何によって耐えることができるのでしょうか?それは、希望を持って待ち望むことではないでしょうか。
自分の生き方を主のみこころに従わせ、主を捨てない。教会を捨てないで喜んで耐えていく。そのような教会こそ、パウロが誇りとしている教会と言っているのです。信仰の成長と愛が増し加わり、忍耐する人たちの集まり、その教会こそ主ご自身が誇りとする教会です。

<結論>

信仰は主に対するもので、愛はお互いに対するもの。忍耐は教会外にある社会に対するもの。信仰が強くなって成長するなら、愛が増し加わる。本当に愛され、励まされているならば忍耐が生み出され、外に向かっていくときに負けることはありません。

メッセージ内容のダウンロード(PDF65KB)

新聖歌

開会祈祷後:20番、メッセージ後:358番

聖書交読

詩編99篇 1~9節

2022年教会行事

6月1日(水)オリーブ・いきいき百歳体操(10時~11時)

#54-2818

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