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メッセージ
<ルカの福音書 24章28~35節>
メッセージ:牧師:砂山 智
開会聖句
神は彼らの嘆きを聞き、アブラハム、イサク、ヤコブとの契約を思い起こされた。
<出エジプト記:2章24節>
メッセージ内容
メッセージ動画公開:4/11 PM 9:03
メッセージ原稿を公開しました。
<序論>
・聖書では40は特別な数字とされていますが、モーセの生涯は120年で、ちょうど40年ずつ区切ることができます。先程、読んでいただいた11節に『こうして日がたち、モーセは大人になった』とありましたが、彼は40才までエジプトの王子として王宮で暮らします(前期)。そして、今日の箇所の前半にあった事件を起こしてミディアンの地に逃げるんですが、そこでも40年を過ごし(中期)、あのシナイ山で神から出エジプトの召しを受けたのは80才の時でした(後期)。「創世記」に記されている人たちの寿命は、今の私たちと比べるとかなり長いんですが、モーセの寿命ははだいたい私たちに近いですね。ですから、彼はかなりの高齢になってから、神様からものすごい召しを受けたということになります。旧約聖書には数多くの歴史的な出来事が出てきますが、この出エジプトほど有名で、重要な出来事は他に無いのではないでしょうか。ユダヤ教では「過越祭」。そして、先週、私たちがお祝いしたイエス様の「イースター(復活祭)」も、元を辿ればこの出来事に行き着くんです。
1、出エジプトの謎
さて、そんな出エジプトですので、過去に何度か映画化されています。チャールトン・ヘストンがモーセで、ユル・ブリンナーがエジプト王を演じた「十戒」。そして、数年前にも「エクソダス 神と王」という映画が公開され、私も映画館まで観に行きました。どちらの映画も出エジプトの時のエジプト王(ファラオ)は、古代エジプト第19王朝のラメセス2世(ラムセス2世・紀元前1314~1224 or 1302~1212)として描かれていたんですが、日本の高校の世界史の教科書でもそうなっているそうです。これは「出エジプト記」1章11節に書かれていることから推測されたものです。
『そこで、彼らを重い労役で苦しめようと、彼らの上に役務の監督を任命した。また、ファラオのために倉庫の町ピトムとラメセスを建てた』(出エ1:11)。
この二つの町を建てたのは、エジプトの文献資料や考古学的な根拠から、紀元前1291~1278年のファラオ(セティ1世)であった可能性が高いと言われています。聖書には、出エジプトは、その次のファラオの時代に起こったと記されていますので、息子ラメセス2世の時代ということになるのですが、ここで一つ困った問題が出てきます。
それは、聖書の別の箇所に書かれてある年数で計算すると、その時代と合わないという問題なんです。
あのソロモン王が神殿の建設を始めたのは、数年の誤差はあったとしても、多くの学者が紀元前965年頃と考えています。そうすると、出エジプトは、それから480年前、つまり紀元前1445年に起こったということになります。ということは、先程お話ししたラメセス2世の時代とは200年以上違ってくるんです。紀元前1445年頃のファラオは、古代エジプト第18王朝のトトメス3世なんです。『イスラエル人がエジプトの地を出てから四百八十年目、ソロモンがイスラエルの王となってから四年目のジブの月、すなわち第二の月に、ソロモンは主の家の建築に取りかかった』(Ⅰ列王6:1)。
つまり、出エジプトの年代というのは現在に至るまで特定できていないんですね。また、出エジプトで脱出したとされるイスラエル人の人数についても論争があります。「出エジプト記」12章37節を見ると、その人数は、壮年男子だけで約六十万人であったと記されています。ある学者によると、壮年男子だけで約六十万ということは、その家族などを含めると二百五十万以上になるのではないか。もし、そうだとすると、現代で言えば京都府の総人口に匹敵する人数になります。それだけ大勢の人間が集団で脱出するとなると、その長さだけで、何十キロ、何百キロという、とてつもない長さになるでしょう。他にも言い出せばキリがないんですが、さらに不思議なことは、エジプト側の歴史的な文献資料には、一切、出エジプトについての記録はないんです。
ただ、聖書というのは、厳密に言えば、歴史の本ではありません。まして、科学の本でもありません。ですから、何か無理やり、今の私たちが納得できるような理屈をつけて、辻褄を合わせるようなことをする必要もないんじゃないか、と私は考えています。私たちには分らないことは分からないとしか言えませんし、出エジプトについても、様々な見方、解釈があってよいのではないかと思います。
<結論>
さて、色々とお話ししてきましたが、ある意味、今日のメッセージの題にあるみことばも、私たちにとっては不可解と言いますか、不思議なみことばと言えるのではないでしょうか。一つ前の23節から、ご覧ください。
『それから何年もたって、エジプトの王は死んだ。イスラエルの子らは重い労働にうめき、泣き叫んだ。重い労働による彼らの叫びは神に届いた。神は彼らの嘆きを聞き、アブラハム、イサク、ヤコブとの契約を思い起こされた』(出エ2:23~24)。
この
『思い起こされた』
と訳されている表現は、「創世記」9章15,16節や、同じ「出エジプト記」6章5節にも見られるんですが、何か、神さまはイスラエルの子らとの契約を忘れておられて、「あ!そういえば、そうやった、そうやった」と、それを思い出されたような印象を受けるかもしれません。ただ、この24節を直訳すると次のようになるんです。
「神は彼らの嘆きを聞いた。神はアブラハム、イサク、ヤコブとの契約を覚えていた。神はイスラエル人を見た。そして神は知った」(同2:24直訳)。
この『思い起こされた』と訳されているヘブル語(ザーカル)は、実は「覚えている」という意味合いが強いことばなんです。ですから、今、ご紹介したように、直訳では、「神はアブラハム、イサク、ヤコブとの契約を覚えていた」となるんですね。
「イザヤ書」49章には次のようなみことばがあります。
『「女が自分の乳飲み子を忘れるだろうか。自分の胎の子をあわれまないだろうか。たとえ女たちが忘れても、このわたしは、あなたを忘れない。見よ、わたしは手のひらにあなたを刻んだ。あなたの城壁は、いつもわたしの前にある』(イザヤ49:15~16)。
イエス様は、復活されて、ご自身を弟子たちに現された時、ご自身の手と脇腹とを示された、と聖書は記しています。それは、この手の傷跡は、あなたを覚えているため、思い起こすために刻んだしるしなんだよ、と言っておられるように、私は感じました。
新聖歌
開会祈祷後:204番、メッセージ後:433番
聖書交読
詩編 66篇 1~7節
2021年教会行事
4月11日(水) オリーブ・いきいき百歳体操
#53-2759
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