エステルの時

メッセージ

<エステル記 3章7~15節>
牧師:砂山 智 師

開会聖句

あなたがこの王国に来たのは、もしかすると、このような時のためかもしれない。

<エステル記 4章14節後半>

メッセージ内容


<序論>  
・聖書の中で女性の名前が書名として用いられているのは、本書と「ルツ記」のみです。特に「エステル記」は、イスラエルで今も盛大に行われている「プリムの祭り」の際に読まれる書簡で、その祭りの起源が記されています。
【「プリム(プル=くじの複数形)の祭り」とは、ユダヤ暦でアダルの月(西暦の2~3月)の14,15日に行われます。13日は断食をし、14日の始まる夕方に会堂に集まり「エステル記」が朗読され、ハマンの名が読まれるたびに会衆は非難の声(ブーイング)をあげ、ハマンの息子たちが同時に絞首刑にあったことを示すために彼らの名は一息に読まなければならないそうです(ユダヤ人にとって、ハマンは、ヒトラーにも匹敵するほどの極悪人)。また、「ハマンタッシェン(ハマンの帽子・耳)というお菓子を食べ、仮装大会なども行われます。】
「エステル」というのはペルシア名で「星」という意味です(へブル名はハダサ)。その物語の内容は、ディズニー映画にでもなりそうなほど面白く、ドラマティックです。ただ、一方で、不思議なことに、「エステル記」には、「神(エル)」「主(ヤハウェ)」ということばが一言も出てきません。ですので、旧約の正典を決めるにあたって、長い間、問題となった書でもあるそうです。

<本論>
1、ハマンの野望

本書の主な舞台はイスラエルではなく、アケメネス朝ペルシアの都スサにあった宮殿です。紀元前586年、南ユダは新バビロニア帝国によって滅ぼされ、ユダヤ人の多くは捕囚となり、バビロンに強制移住させられます。その「バビロン捕囚」からユダヤ人を解放してくれたのが、アケメネス朝ペルシアの王クロスでした。ペルシアとは今のイランのことですが、彼は、紀元前539年に勅令を出し、ユダヤ人たちに帰国を促します。ただ、実際には、帰還した民はわずかで、その大部分はペルシアにそのまま残留するのです。7節にある『クセルクセス王』というのは、紀元前486~465年までペルシアを統治した王で、「クセルクセス」というのはギリシア名です。
最初に、「エステル記」の粗筋をお話ししますと、ある時、クセルクセス王は自分の帝国の指導者たちを招いて大宴会を催します。1章1節に、

『クセルクセスの時代、クセルクセスが、インドからクシュまで(インドの西の端からアフリカのエチオピアの北部まで)百二十七州を治めていた時のことである』

とありますから、当時のペルシアというのは、本当にものすごい大帝国だったんですね。そして、その大宴会は、なんと百八十日と七日間も行われたそうです!クセルクセス王は、その大宴会の最後に、王妃ワシュティを連れて来るようにと命じます。皆にその美しさを自慢したかったようです。ところが、あろうことか、王妃はその命令を拒みます。そのことに激怒した王は、彼女を王妃の位から退けます。そして、家来からの進言によって新たな王妃を募集することになるのですが、その時に選ばれたのがユダヤ人の娘エステルでした。エステルはモルデカイの養女として育てられていたのですが、その美しさに魅了されたクセルクセス王は、彼女を新しい王妃に指名します。モルデカイはもちろん、同胞であるユダヤ人たちも、大いに喜んだことでしょう。しかし、その後、事態は一変するのです。

『これらの出来事の後、クセルクセス王はアガグ人ハメダタの子ハマンを重んじ、彼を昇進させて、その席を彼とともにいる首長たちのだれよりも上に置いた。それで、王の門のところにいる王の家来たちはみな、ハマンに対して膝をかがめてひれ伏した。王が彼についてこのように命じたからである。しかし、モルデカイは膝もかがめず、ひれ伏そうともしなかった』(エステル3:1~2)。

この「ひれ伏す」と訳されていることばは、「拝む」とも訳すことのできることばです。ですから、モルデカイがハマンにひれ伏そうとしなかったのは、単に敬意を示さなかったということではなくて、ハマンを神のように拝まなかったとも取ることができます。かつての日本でも、これとよく似た事件があったと、「旧約聖書一日一章」の中で榎本保朗師は書いておられました。それは、内村鑑三の「教育勅語不敬事件」です。ただ、その事件の実際の経緯については、私も、榎本先生が引用された一文を読んで初めて知ったのですが、「敬意を表す」ということと、「拝む・礼拝する」ということとの厳密な区別の難しさというものを感じさせるものでした。榎本先生も、次のように書いておられました。

「おそらくモルデカイの場合も、彼が敬意を表さなかったのか、礼拝をしなかったのか、そんなことは問題ではなく、彼をおとしいれようとするハマンの野望がしゃにむに彼を不届き者に仕立て、本来の狙いであるユダヤ人迫害の口実にしたのであろう。」

2、このような時のために

そして、今日のテキストのような展開になるわけですが、モルデカイは、王妃となったエステルに、同胞であるユダヤ人に絶滅の危機が迫っていることを伝え、その同胞の救いのために、クセルクセス王に執り成してくれるようにと頼みます。しかし、エステルは躊躇するんです。

『「王の家臣たちも王の諸州の民も、だれでも知っているように、召されないのに奥の中庭に入って王のところに行く者は、男でも女でも死刑に処せられるという法令があります。ただし、王がその人に金の笏を差し伸ばせば、その人は生きながらえます。私はこの三十日間、まだ王のところへ行くようにと召されていません。」』(同4:11)。

確かに、クセルクセス王は絶対権力者です。前の王妃ワシュティがそうであったように、王の気まぐれで何が起きるかわかりません。エステルが恐れる気持ちもよく分かるような気がします。
しかし、モルデカイは、そのように尻込みするエステルに対して、次のように告げるのです。

『モルデカイはエステルに返事を送って言った。「あなたは、すべてのユダヤ人から離れて王宮にいるので助かるだろう、と考えてはいけない。もし、あなたがこのようなときに沈黙を守るなら、別のところから助けと救いがユダヤ人のために起こるだろう。しかし、あなたも、あなたの父の家も滅びるだろう。あなたがこの王国に来たのは、もしかすると、このような時のためかもしれない。」』(同4:13~14)。

この『別のところから』ということばは、言い換えれば「神さまから」ということだと思います。しかし、「エステル記」では、あえて「神」という文字を使わないと言いますか、隠されているんです。隠れたところにおられる神、ということですね。

<結論>
そして、この最後の部分、

『あなたがこの王国に来たのは、もしかすると、このような時のためかもしれない。」』

ですが、他の聖書では、微妙に訳が異なっています。

口語訳:『あなたがこの国に迎えられたのは、このような時のためでなかったとだれが知りましょう」』。【直訳】。
新共同訳:『この時のためにこそ、あなたは王妃の位にまで達したのではないか。」』。

要するにモルデカイは、すべては「神様のご摂理」「神の時」の中にあるのだ、ということを言っているんですね。
「伝道者の書」3章11節に有名なみことばがあります。

『神のなさることは、すべて時にかなって美しい。神はまた、人の心に永遠を与えられた。しかし人は、神が行うみわざの始まりから終わりまでを見極めることができない。』(伝道3:11)。

・「旧約」で「時」を表すことば→『定まった時期(ゼマーン)』『時(エーット)』(伝3:1他)。「神様のご摂理」を意味します。
・「新約」で「時」を表すことば→『機会(カイロス)を十分に活かしなさい。悪い時代だからです』(エペソ5:16)。
「旧約」では「ご摂理」を意味し、「新約」では「機会・チャンス(を生かす)」という意味に用いられることが多いようですが、今日のテキストの「エステル記」は、そのどちらも大切であるということを、私たちに示してくれているのではないでしょうか。
以下のことばは、エステルが覚悟を決めた時のことばです。

『「行って、スサにいるユダヤ人をみな集め、私のために断食してください。三日三晩、食べたり飲んだりしないようにしてください。私も私の侍女たちも、同じように断食します。そのようにしたうえで、法令に背くことですが、私は王のところへ参ります。私は、死ななければならないのでしたら死にます。」』(同4:16)

エステルは、変えることのできない神様のご摂理(神の時)を受け入れ、そして、変えることのできる機会(チャンス)に向かって、命がけで挑んでいったのです。

メッセージ内容のダウンロード(PDF221KB)

新聖歌

開会祈祷後:284番、
メッセージ後:383番

聖書交読

詩篇 139篇 1~16節

2019年教会行事

5月15日(水)オリーブ・いきいき百歳体操

#51-2659

One comment to this article

  1. mb-senri_web

    on 2019年5月14日 at 12:52 AM -

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    初版本は1977年に主婦の友社より発行されています。上記リンクは2003年に復刊された書籍です。
    2011年にいのちのことば社マナブックスから復刊されたバージョンでは、差別語・不快語が全面的に書き換えられています。
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