ガザに下る道で

令和5年5月8日(月)より新型コロナウイルス感染症が5類感染症へ移行することに伴い、礼拝での規制を緩和します。具体的には、会衆讃美は全節歌唱する、省略していた聖書交読を復帰し、司会者朗読→会衆朗読を交互に行います。
なお、礼拝中のマスク着用は引き続き推奨、「平和の挨拶」の握手の自粛は今後も実施しますので、ご理解とご協力を宜しくお願いいたします。

メッセージ

<使徒の働き 8章26~40節>
牧師:砂山 智

開会聖句

これは、預言者イザヤを通して語られたことが成就するためであった。「彼は私たちのわずらいを担い、私たちの病を負った。」

<マタイの福音書 8章17節>

メッセージ内容

Youtube動画

 
 メッセージ動画公開:6/2 PM 9:03
 


 メッセージ原稿を公開しました。  

<序論>
・今朝の物語の主人公ピリポは8章以外では、6章と21章にその名前が出て来るだけです。彼は、十二使徒ではなく、使徒たちが教会の食事などの日常の用に煩わされないようにと選ばれた、エルサレム教会の七人の執事(役員)の一人でした(使6:7)。その中には最初の殉教者となったステパノもいました。しかし、ステパノが殉教した後、エルサレムの教会に対する激しい迫害が起こり、使徒たち以外はみな、ユダヤとサマリアの諸地方に散らされてしまいます(同8:2)。それが、言わば世界宣教への引き金となるわけですが、神のご計画は本当に私たちには分からないものですね。そしてピリポは、主の使いに命じられ、エルサレムの南、ガザに下る道に出て行きます。今、そのガザで何が起こっているかは、皆さんもよくご存じのことでしょう。この町の歴史は古く、人間が定住し始めた痕跡は、実に紀元前6000年にまで遡ることができるそうです。旧約聖書では「士師」16章に記されている、あの有名なサムソンの物語にも出てきますが、今日の最初の

26節には『そこは荒野である』

と書かれていました。前の訳では『このガザは今、荒れ果てている』となっていたんですが、それはもちろん、ピリポの時代、紀元一世紀にはということです。実は、その少し前の紀元前93年に、ガザの町は、一度、滅ぼされているんです。ただ、その後しばらくしてローマ帝国が占領し、紀元前57年にローマの総督によって新しい町が地中海沿岸に再建されます。それで、当時の人たちは、古いガザ、滅びてしまったガザのことを、「荒れ果てたガザ」と呼んだのだそうです。ピリポは、そんな荒れ果てた廃墟のような町に下る道に出なさい、と主の使いに命じられたのです。人間的に考えれば、そんな道に行っても何があるのか?と思ってしまいますよね。しかし、主はそこでピリポに不思議な出会いを用意しておられました。

<本論>
1.エチオピア人の宦官

それが、エチオピア人の女王カンダケの高官で、女王の全財産を管理していた宦官のエチオピア人との出会いでした。ピリポは、御霊に命じられて、その人が乗った馬車を追いかけます。その馬車がどれくらいのスピードで走っていたのかは分かりませんが、必死に馬車を追いかけているピリポの姿が浮かんでくるようです。さて、宦官というのは、皆さんもご存じかと思いますが、古代中国にもいた、宮廷に仕えるため去勢された男性のことです。この時代のエチオピアは現在のエチオピアとは少し違って、ナイル川沿いの現在のスーダンの辺りにあった古代ヌピア王国のことを指していると考えられています。そして、カンダケというのは、そのヌピア王国の女王の名前ではなく、世襲的な称号であったそうです。この宦官のエチオピア人は、礼拝のためにエルサレムまで上って来たわけですが、今なら飛行機でひとっ飛びでしょうが、馬車だと、相当大変な旅であったと思われます。何日も何日も馬車に揺られて荒野を旅する。少しロマンチックな感じもしますが、いつ追剥や野生の動物に襲われるかもしれませんし、ある意味、命がけの旅であったと思います。まして、彼は(離散の)ユダヤ人ではなく、エチオピア人、完全な異邦人でした。「なんで、そこまでして?」と思ってしまうのですが、「ヨハネ」に次のような記事があるのを見つけました。

『さて、祭りで礼拝のために上って来た人々の中に、ギリシア人が何人かいた』(ヨハ12:20)。

これは、当時、中近東の各地にあったユダヤ人の会堂(シナゴーグ)に出入りし、旧約聖書を聖典とし、律法に従って生活していた異邦人たちがいたということを示しています。彼らはユダヤ教に改宗したわけではありませんでしたが、「神を畏れ敬う者」と呼ばれていたそうです。今朝のエチオピア人の宦官も、そんな人たちの一人だったのでしょう。ただ、そのこととは別に、もう一つ気になる点があります。それは、彼が宦官であったということです。旧約聖書の「申命記」に次のような律法があります。

『睾丸のつぶれた者、陰茎を切り取られた者は主の集会に加わってはならない』(申23:1)。

つまり、宦官はユダヤ教徒(ユダヤ人)にはなれなかったのです。それは恐らく、割礼というユダヤ人男性にとってとても重要な宗教的な儀式が受けられないことと関係があると思われます。割礼とは男性の性器の包皮を切り取ることですから。

2.苦難のしもべ

『「金銀は私にはない。しかし、私にあるものをあげよう。ナザレのイエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい」』(使3:6)。

さて、この宦官がピリポから洗礼を受けるきっかけとなったのは、28節にあったように、旧約の「イザヤ」のみことばでしたが、それは、53章にある「第四のしもべの歌」。特に「苦難のしもべの歌」と呼ばれている箇所でした(イザヤ53:7~8)。

『屠り場に引かれて行く羊のように、毛を刈る者の前で黙っている子羊のように、彼は口を開かない。彼は卑しめられ、さばきは行われなかった。彼の時代のことを、だれが語れるだろう。彼のいのちは地上から取り去られたのである』(使8:32~33)。

エチオピアの宦官はピリポに向かって、「お尋ねしますが、預言者はだれについてこう言っているのですか。自分についてですか。それとも、だれかほかの人についてですか」と尋ねます。ピリポは、その質問に対して、この「イザヤ」のみことばから始めて、イエス・キリストの物語・福音を語り始めるのです。実は、旧約の時代、ユダ
ヤ教のラビの多くは、このしもべとは、やがてイスラエルに現れるであろうメシア(救い主)のことだと教えていたそうです。しかし、新約の時代になって、あの十字架にかけられ殺されたイエス・キリストこそがこのしもべであり、メシアだと信じるクリスチャンが現れ、どんどん増えていったことで、ラビたちはその解釈を変えてしまったのです。そして、このしもべとは、預言者イザヤ自身のことであるとか、自分たちユダヤ民族全体を指していると教えるようになったということです。

<結論>
今朝の開会聖句は「マタイ」のみことばです。一つ前からお読みしますと、

『(夕方になると、人々は悪霊につかれた人を、大勢みもとに連れて来た。イエスはことばをもって悪霊どもを追い出し、病気の人々をみな癒された。)これは、預言者イザヤを通して語られたことが成就するためであった。「彼は私たちのわずらいを担い、私たちの病を負った。」』(マタ8:16~17・イザヤ53:4)。

私たちと同じアナバプテスト(再洗礼派)に属する神学者の一人にスコット・マクナイトという方がおられます。その方が著書「福音の再発見」という本の中で繰り返し語っていることがあります。それは、福音(良い知らせ)とは、イスラエルの物語を完成させるイエス・キリストの救いの物語であるということ。そして、イスラエルの物語とイエス・キリストの物語は、新約の時代の神の民である私たちを、神に信頼し、神に頼る世界へと招いてくれる物語だということです。ただ、マクナイトは、福音を、単にイエス・キリストを信じてクリスチャンになったら、死んだ後、天国に行けますよというような、極めて個人的な(矮小化された)良い知らせということだけでは語りません。もちろん、そういうことも含めてなんですが、福音とは、この地上においてイエスを真の王とする神の国のすべての民が、ともに生きるように招かれていることにおいてこそ、良い知らせなのだ、と彼は語っています。
今朝の物語の最後には、ピリポからバプテスマを授けられたエチオピア人の宦官が喜びながら帰っていったとありましたが、その物語の舞台であったガザは、今、悲しみの叫びで満ちています。私たちには祈ることしかできませんが、最後に、「ローマ」にあるパウロのことばを読ませていただき、今朝のメッセージを閉じたいと思います。

『それとも、神はユダヤ人だけの神でしょうか。異邦人の神でもあるのではないでしょうか。そうです。異邦人の神でもあります。神が唯一なら、そうです。神は、割礼のある者を信仰によって義と認め、割礼のない者も信仰によって義と認めてくださるのです』(ローマ3:29~30)。

メッセージ原稿のダウンロード(PDF103KB)

会衆讃美

開会祈祷後:新聖歌141番、メッセージ後:新聖歌505番

聖書交読

詩編62篇 1~8節

2024年教会行事

6月5日(水) オリーブいきいき百歳体操 10時~11時

#56-2923

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